img_01

おこづかいのほっとするお話

古い歴史的背景をもたずに平原や砂漠のなかにつくられた国だから、中国やインドは、ヨーロッパの固と比べても、どことなく殺風景な印象がする。 あまり知られていないが、そのアメリカでさえ歴史をとても大切にする。
たとえば、メイフラワー号に乗った最初の移民者(ピルグリム・ファーザーズ)たちが、はじめてアメリカに根をおろしたゲテイスパーグの街を、三OO年以上前の当時の姿で残そうと、大変な努力を重ねている。 現代文明の最先端をいくニューヨークはどうだろう。
実はこの都市も、いまだに一九世紀当時の基本的な相貌を保っている。 日本でいえば大正末期から昭和初期にかけての摩天楼が立っている。
セントラルパーク周辺を歩けば、一瞬ここはどこかととまどうほど、歴史の深さを感じさせる一角がある。 ニューヨークは、私たちが想像する以上に、伝統的要素を大切にした都市なのだ。
このほかアメリカには、古い街並みの保存に力を入れている都市が数多くある。 歴史の浅いアメリカですら、いや、歴史が浅いからこそ、古いたたずまいを残すことに熱心なのだといえよう。

けっして、IBMやマイクロソフトだけの国ではないのだ。 都市とは、いくつかの異なった時代の文化が重層的な地盤を形成することで、住む人に多様な喜びや誇りといった感情を育むのではないだろうか。
歴史の匂いがしない街は、住む人にデラシネ(根なし草)のような暮らしや生き方を強いるように思える。 戦後の日本は、今日から見れば異常に思えるほど、中世と近代に対して無視の姿勢をとり続けてきた。
古いものは壊すためにあるといわんばかりに、東京は「改変」させられた。 ワルシャワ市民とは、一八O度異なる対応だったのである。
半世紀前、焼土と化した東京の復興計画が進められたとき、文化的つながりのないアメリカやヨーロッパの都市を中途半端に模倣してできれば、江戸や大正期の東京と、文化的連続性をもたせた都市づくりを進めてほしかった。 そうすれば現在の東京は、これほど混沌と無秩序に満ちた景観をもたずにすんだのではないだろうか。
誤解がないようにいっておくが、新宿副都心のような超高層ビルが林立する景観を否定しているわけではない。 東京という都市構造を再編するには、土地の高度利用・建築物の高層化という課題は避けて通れないと信じている。
お稲荷さまの嗣や平将門の首塚があったりするのも、東京という街の魅力のひとつだと思っている。 日本を代表するオフィス街・大手町界隈などには、江戸・明治との連続性を示す空間が意外に多く点在しているのである。
これらを根こそぎ破壊し、文化的連続性を断絶させて平然としている戦後の都市づくりの進め方に、江戸っ子としてだけでなく、日本人として寒々しい思いを感じているのである。 ビルは公共的景観美しき街・東京歴史や文化の連続性という視点から東京の都市景観を語るとき、そこにはもうひとつ大きな問題が浮上する。
街全体としての景観美、あるいは調和のとれた美しい街並みの保全に対する、戦後日本の著しい美意識やモラルの欠如である。 典型的な例をあげてみよう。
昭和三0年代後半に建設計画がもちあがった、丸の内の東京海上ビルの高さ制限をめぐる論争である。 たしか、一O年ほど論争が続き、結局、制限撤廃を主張する自由化論が勝利し、いまのようなビルが建ってしまった。

皇居の堀に面した○○戦争直後、マッカーサーの司令部があった第一生命館から銀行会館にいたる一帯の景観は、東京の都市景観を代表する価値の高いもののひとつである。 その並びにある高層の東京海上ビルには違和感が漂う。
という視点が欠けているからだ。 もう二O年以上も前に、『ランドスケ-プの研究』という洋書を入手した。
そのなかに、ビルの建築が計画されると、完成予想図を周囲の景観写真にあてはめ、その市の「景観条例」によって許認可の判断を下すという主旨の記述があった。 この基準を採用すれば、東京海上ビルはおそらく認可されなかっただろう。
いま皇居の裏正面である半蔵門に建設中のピルも、皇居との景観の調和を欠いていると思う。 問題なのは、景観への影響が十分には議論されず、建築許可が下りてしまう点である。
東京都でも「景観条例」を制定する時代になったのではないか。 無理難題をいうつもりは毛頭ない。
ただ、歴史の重みに耐えてきた建物や街区を要所ごとに残しつつ、新しい建物・都市施設と共存させることは可能だと思う。 の知恵を出し惜しみしてはならないのだ。
パリにしろ、ロンドンにしろ、古い建物をリフォームするとき、内部は近代的オフィスに変えても、外観は古い面影を残そうとするまた、ヨーロッパの都市のほとんどは景観条例をもっている。 壁の色、屋根の色にいたるまで、厳しい規制が及ぶ。
その結果、街としての個性が生まれてくる。 建物の内部は「私有」だが、外側は「公共施設」に準じるもの、という明確な意識の棲み分けが、そこにはある。

東京海上ビルの近くに、銀行協会のビルがある。 このビルは、古いビルの外壁を残して、そのうしろに新しいビルを建てたものだ。
最近、こういう建て方が増えてきた。 実に喜ばしいことだ。
知恵やアイディア次第で、まだまだ「歴史との共存」は実践できるという証である。 毎年、正月三日に街頭演説をして回るたびに、七福神めぐりをする人の数が増えていることに気づかされる。
その人たちを見ていると、古い文化・伝統が現代の東京っ子の生活に脈々と根づいていることを改めて実感する。 その一方で、東京の神社仏閣の、建物や敷地の維持にかかわる苦労に思いをいたすことも多い。
由緒ある仏閣の一部を壊して幼稚園にし、緑濃い神社の森を削って駐車場をつくり、そこから得た収入を、本体を残すために用いている。 いまあるような七福神めぐりがいつまで続けられるのか、やがて七福神が一つ、二つと、その数を減らしてしまうのではないかと気がかりなのである。
こうした、東京の大切な伝統文化の要でもある神社仏閣の経営を安定させ、先人から受け継いだ貴重な建物や景観を維持するための有効なアイディアが、容積率、単なるアイディアの域にとどまるものではない。 最近では、赤坂の日枝神社が、その容積率を隣接する新築ビルに売却して話題になっている。
規制を緩和し、大胆な発想を柔軟に取り入れることが、伝統文化の継承にも大いに役立つことを示す一例といえよう。 七福神めぐりに話を戻すと、約一O年ほど前に、そのコースをカラー舗装してはどうかと提案したことがある。
彩色した敷石をたどっていくと、いつの間にか七つの寺や神社を回れるというアイディアだ。 実際に七福神めぐりをした方ならわかるはずだが、案内地図を片手に歩いてみると、意外に道に迷うことが多い。

結局、ほかの人たちのあとをついていくことになったりする。 もしカラー舗装があれば、そんな必要もさらに、コースに距離と消費カロリーを表示した看板を備えれば、健康ウオーキングのコースに早変わりというわけだ。
正月だけに限らず、「毎週末は七福神めぐりでダイエット」というのも面白いかもしれない。 こういう小さな創意工夫こそが、文化や伝統を日常生活のなかに自然に溶け込ませるきっかけになるのではないだろうか。
美しき街・東京地名に、いまだに慣れることができない 。

おこづかいをわかりやすくイラストで表現しました。秋葉原でしか手に入らないおこづかいです。
おこづかいの実態がよく分かります。世界的に有名なおこづかいです。
おこづかいが揃っています。専門家がおこづかいについてお答えします。

有望なお小遣いサイトは欠かせません。お小遣いサイトは絶大な支持を受けています。
お小遣いサイトの実力を測定してみましょう。お小遣いサイトを大募集しています。
都内有数のお小遣いサイトの意外な一面を紹介します。お小遣いサイトにおける戦略的パートナーです。

幅広い分野のおこづかいをわかりやすくイラストで表現しました。おこづかいは常に絶対的なシェアを誇っています。
おこづかいの専門家の指南をうけてみましょう。おこづかいのスタンダードです。
おこづかいは評判いいんです!これがおこづかいの王道です。